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「昭和新山」は国の特別天然記念物に指定されている!
昭和新山は、北海道南西部の洞爺湖の近くにある火山。北海道有珠郡壮瞥町に位置していて、国の特別天然記念物にも指定されています。周辺にある有珠山や洞爺湖などと合わせて、洞爺湖有珠山ジオパークとして、日本で初めての世界ジオパークに認定されたことで知られています。昭和18年の噴火活動によってできた昭和新山は、60年以上経った現在でも大地のエネルギーを身近に体感できる貴重な場所です。
奇跡の山「昭和新山」の歴史1一帯は平坦な麦畑だった
昭和新山が位置する一帯は、かつては平坦な麦畑が広がり、壮瞥川の周辺には鮭や鱒の孵化場がありました。昭和18年に起こった地震により、突然地面が隆起し始めて2年ほどかけて今の昭和新山の大きさとなりました。標高は398m、噴火隆起の繰り返しにより誕生した世界的にも希少な火山として知られ、1951年に国の特別天然記念物に指定されました。
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奇跡の山「昭和新山」の歴史2昭和18年に突然火山が出現
昭和18年の地震をきっかけに、爆発音とともに隆起し始めた麦畑。4ヶ月も続く爆発と2年間もの月日をかけて、今現在の昭和新山の大きさとなりました。地球のエネルギーは、地底で固まっていた粘性の強いデイサイト溶岩を押し上げて、ベロニーテ型火山を誕生させました。標高は398mで、世界的にも珍しい成り立ちの火山です。現在でも火山活動が続いていて、20世紀で最も新しい火山の一つでもあります。
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「昭和新山」は個人の所有物だった?
昭和18年の噴火当時、壮瞥町の郵便局長をしていた三松正夫さんは昭和新山の誕生を見守り続けました。地震の発生から噴火の状況、火山の成長活動が終わるまでの期間、独学の観測方法で詳細な記録を残しました。三松さん火山によって土地を失った地元住民から火山の地を買い取ることで生活支援し、同時に昭和新山の保護を行いました。そのため昭和新山は世界的にも珍しい個人の所有物の火山となりました。
昭和新山の記録「ミマツダイヤグラム」とは
明治45年から昭和28年まで壮瞥郵便局の局長を務めた三松正夫さんは、昭和新山の成長の経過を観察、記録し続けました。そのデータを一つの表にまとめたのがミマツダイヤグラムで、世界的にも貴重な資料となっています。昭和新山に建てられた三松正夫記念館には、ミマツダイヤグラムの原図や噴火時の貴重なスケッチ、写真など多くの資料が展示されています。
昭和新山には魅力が一杯:その1「三松正夫記念館」
昭和新山の麓にある三松正夫記念館では、昭和新山の貴重な資料を見られます。三松正夫さんが記録した昭和新山の成長や噴火当時の様子、写真、ミマツダイヤグラムの原図など多くの資料が所蔵されていて、昭和新山について知ることができます。営業時間は8時~17時で、冬季は不定休となっています。入館料は、大人300円、子ども250円です。定休日の問い合わせなどは、電話番号0142-75-2365にお願いします。
三松正夫記念館
- 北海道有珠郡壮瞥町字昭和新山184-12
- 0142-75-2365
- [4月~10月]8:00-17:00 [11月~3月]9:00-16:00
- 無休(1月から3月不定休)
- JR伊達紋別駅より車で20分